Emergency and Critical Care Medicine救急集中治療医学
平成29年度総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)
地域ICT振興型研究開発(フェーズⅠ)
無人航空機を利用した医療過疎地域における緊急血液検体搬送の研究開発
貞森拓磨(貞森拓磨)
住吉泰士(株式会社NTTドコモ)
後藤哲博(モバイルクリエイト株式会社)
宮内秀樹(インフォコム株式会社)
小野俊二(ciDrone株式会社)
高田幸典(広島県大崎上島町町長)
緊急性の高い疾患や外傷は、いつ、どのような場所でも発生し得るが、診療に際し血液検査は必要不可欠の検査である。老健施設など検査部門がない施設では、検査可能な施設に検体を輸送し、検査を行っているのが現状であり、緊急性の高い疾患では、検査結果判定の遅れが診断の遅れに繋がり、治療介入の遅れ、引いては死亡率を上昇させている懸念がある。
特に広島県は、島嶼部、山間地域が他県と比較し多く、無医地区数が全国2位と医療過疎が課題となっている。緊急時における血液検体の輸送を無人航空機で行うことで、限られた医療リソースを他の診療行為に配分可能となると考える。また、同時に検査結果を迅速に確認できるシステムも必要である。
本研究は、離島の医師からの問い合わせから着想した。その医師は、我々が無人航空機を使用して様々な試みを行っていることをテレビ報道で知り、車で20分ほどの距離にある老健施設に往診に行き、緊急で血液検査を行う必要があった際に、検査機器がある医院まで戻って検査を行うという過程を無人航空機で代替できないかと考えた。
本研究により、医療過疎地域において、緊急性の高い検査検体をはじめ、医療資材を搬送する新たな手段を構築することができる。これは国内に418島ある有人離島及び過疎市町村616団体の地域医療において、人手(自動車輸送)に頼っていた部分を自動化できる可能性を秘めており、社会性と事業性を併せ持った取り組みである。
実証検証フィールドである広島県豊田郡大崎上島町は、瀬戸内海のほぼ中央に位置する広島県内唯一の離島であり、島へのアクセスは船のみである。総人口7834人、4307世帯に対し、医院は5つしかなく、医療リソースが十分ではなく、様々な課題が山積している。
フェーズⅠでは、医療過疎地域の医療機関における緊急時の検体検査の実態を調査するとともに、既存の技術を組み合わせた携帯電話回線を利用した無人航空機の自動飛行、狭帯域での映像伝送などを行い、また無人航空機によって運搬された検体の状態の変化などを検証する。
フェーズⅡ以降は、フェーズⅠで得られた検証結果を元に、より長距離の搬送を安全に行うために無人航空機の改良を行う。
フェーズⅠにおいて目標とあげていた項目は以下の①~④の4項目であり、それぞれの進捗および結果、および関連項目を報告する。
①緊急検体検査に関する情報収集・アンケート収集
平成29年度は広島県内の僻地に立地する医療機関・施設にアンケートを実施した。(集計中)
②無人航空機にスマートフォンを搭載・飛行させることによる既存基地局への障害発生の有無の確認
平成29年度は2台のスマートフォンを既成品の無人航空機(DJI:Matrice600 Pro)へ搭載する構成を採用(図1)、広島県豊田郡大崎上島町沖浦2700~同町明石91及びその周辺を飛行ルートとし、試験を行った(図2)。飛行試験の結果、既存基地局への障害発生は無かったことを確認した。また、飛行試験実施にあたり電波干渉試験、実用化試験局免許申請等、安全な飛行を行うための諸確認を行った。
無人航空機のローター回転時に発生するノイズ、同じく無人航空機に搭載する映像伝送用装置構成品のタブレット端末等の電子機器が発するノイズがスマートフォンの通信に影響を与えないかの確認試験。試験は該当の携帯電話用電波のみを照射する電波暗室に無人航空機を持ち込む形で実施した。無人航空機にはカーボン製の土台を装着し、その上にスマートフォンやタブレット端末を配置した。映像伝送用タブレットPC等の電子機器とスマートフォンは、USBテザリングによる接続もしくはWiFiテザリングによる接続で検証を行った。(図3)試験では通信で使用する周波数帯によってUSBテザリングの場合影響が出やすい事が分かり、ケーブル長が短く、ノイズシールドを施したケーブルに変更し改善した。(図4)スマートフォンを配置する場所や使用する電波の周波数帯によって干渉レベルが異なり、基準値を下回る干渉レベルとなる構成(配置場所と周波数帯の組み合わせ)を確認した(表1)。USBテザリング接続時は800Mhz帯と、WiFiテザリング接続時は2Ghz帯との電波干渉が発生し、基準値を下回ることができなかった。対策については次年度以降の課題としたい。
携帯電話やスマートフォンは陸上移動局という扱いのため、上空で使用することは原則許されていない。本研究では無人航空機にスマートフォンを搭載し上空で使用するため、搭載するスマートフォンを実用化試験局として総務省に申請を実施、許可をもらった上で飛行試験を実施した。
③携帯電話回線を使用した映像伝送、機体動態管理、遠隔制御の性能確認
平成29年度の飛行試験においての無人航空機の構成は②で記述した通り。2台のスマートフォンを搭載し、映像伝送、機体動態管理、遠隔制御の三つの機能について性能確認を行った。なお、携帯電話回線は②で記述した電波干渉試験結果に従い、NTTドコモに割り当てされている周波数帯域のうち、BAND 1 (2GHz帯)に限定し行った(注)。
(注)限定とは基地局から照射される電波を止めるのではなく、スマートフォンアプリSigma-MLを用い、搭載したスマートフォン端末側で使用する周波数帯域を限定するもの。
平成29年度は、既に救急車等で広く使用されている映像伝送装置をドローン中段に取付け携帯電話とUSBもしくはWiFi接続を行い、検証を行った。(図5)まず、想定の構成で電波干渉試験を行った。また、ドローンのモーター回転や無線の影響を地上および現地での検証で確認した。その結果、特にブロックノイズの発生や伝送の途切れは発生せず、影響は確認されなかった。現地での検証では、パラメータ調整を行い、秒間30枚のフレームレートにて良好な映像伝送を行えた。また、携帯回線は800MhzWiFi接続より2GhzUSB接続の方が遅延が少なく感じられた。また視聴画面では、ドローン及び地上カメラ、動態監視地図画面を表示し、良好な視認性を得た。次年度以降の統合視聴画面設計の参考とする。(図6)今回はアナログ出力の映像取得を行ったため画質に制限があった。HDMI出力もしくはUSBカメラを選定しデジタルのまま映像取得することで画質向上が見込める。
既存の車両向け動態管理アプリをインストールしたスマートフォンを無人航空機に搭載し、携帯電話回線を介して上空よりGPS情報を送信することで地上側モニタのマップ上に無人航空機の位置が表示されることを確認した。(図7)飛行前に無人航空機に設定した通過位置情報(ウェイポイント)と、アプリが取得した位置情報の比較結果は表3の通りであった。いずれも目立って大きな誤差はなく、FPV視点で上空から送信される映像とリアルタイムに表示される位置情報を組み合わせることで、無人航空機の現在地と飛行進路のモニタリングが可能であることが確認された。
遠隔制御においては、制御用PCからVPN接続で制御アプリを介して自動飛行プログラミングのデータ送信及びプログラミング飛行中の操作介入を行うことができた。プログラミングされた無人航空機は、フライト距離569.6m、最高対地高度60m、フライトスピード2~4m/secで、フライト1回目は5分57秒間(途中22秒間の上空静止状態含む)、2回目は5分42秒間飛行した。
しかし、制御用アプリから送信機を介して制御信号を送る際、複数の電波が飛び交う条件下では情報の送受信が不安定になる現象が見られた。
電波干渉についての対策については次年度以降の課題とする。
※実証検証映像
④検体搬送の環境の整備
平成29年度は、WHO感染性物質の輸送規則に関するガイダンスに従い、模擬検体(水道水を着色したもの)を1次容器に入れ、1次容器と吸収材を2次容器(Tメディカルパッケージ株式会社:G-MedicTM Pouch)に入れ密封し、2次容器と保冷剤を入れた3次容器(Tメディカルパッケージ株式会社:TMSCOOL8)を無人航空機下部に取り付け検証を行った。(図3)無人航空機搬送による容器の破損、模擬検体の漏出などは認めなかった。外気温が9度前後にも関わらず、離陸前の容器外の温度が20度付近まで上昇したのは、無人航空機のバッテリーや搭載しているパソコンなどの熱がローターによって下方に流されるためであったと考えられる。容器内の温度はほぼ一定に保たれていた。(図8)この熱対策は次年度の課題とする。また、3次容器の取り付け方法にも工夫が必要である。今年度は3次容器の開発まで着手できなかったが、前述した温度対策、取り出し等の運用フローも考えた容器開発を行う必要がある。
感染性物質の輸送規則に関するガイダンス:日本語版翻訳・監修国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/images/biosafe/who/WHOguidance_transport13-14.pdf
⑤関連機関、住民への周知
無人航空機を飛行させるにあたり、策定された飛行ルートの30m内の住民から同意書を取得した。また、大崎上島町役場から、飛行ルート、実施日時を竹原警察署木江分庁に通知した。